「一所懸命」それとも「一生懸命」?
額に汗してがんばるさまを「いっしょうけんめい」といいます。漢字にすると「一生懸命」。この言葉は皆さんの日常において、ごく当たり前に口にし、また、文字にもしていることでしょう。
「一生懸命」と同様の意味を持つ表現に、「一所懸命」という言葉があります。きっと見慣れない方も多いのではないかと思います。今では「一生懸命」に押されて使用される機会が減ってしまった「一所懸命」。新聞や放送などのメディアでも、「一生懸命」のほうを表記の標準としているそうです。
本来の表記は「一所懸命」
じつをいうと、私たちになじみ深い「一生懸命」より先に存在していたのが「一所懸命」で、こちらのほうが正統なのです。読み方は「いっしょけんめい」です。ここからは本来の「一所懸命」を中心に説明していきます。
「懸命」とは
この四字熟語では、「懸命」の部分だけ独立して使われることがよくあります。懸命とは、読んで字のごとく、「命がけで」「全力をあげて」という意味になります。
- 懸命な救助作業の結果、乗客は全員無事に救出された。
- 懸命に努力を重ねて、彼はみごと最難関校に合格した。
のように使われますね。「一所懸命」も「命がけ」で物事に当たるという意味合いがその根本にあります。
「一所懸命」とは
「一所懸命」の語の由来は、「武士が自分の土地を守ることに命がけだった」ことにあります。中世(鎌倉時代や室町時代)の封建時代の武士にとって、先祖から受け継いだ領地を守ることは何よりも重要なことでした。
「一所」とは他ならぬ自分の土地を指しています。つまり「一所懸命」とは、自分たちが拠点とするひとつの場所を死守するということ。これが本来持っていた意味だったのです。こうした意味合いは「一生懸命」にはありません。
「一所懸命」に土地を守った武士の覚悟
武士と土地とのつながりというのは、武士の起源と深い関係があります。646年(※)に始まった大化の改新により、全国の土地・人民はすべて天皇のものとされ(公地公民)、その理念のもとに律令制という政治制度が敷かれました。
しかし、まもなくその原則はくずれ、朝廷は、寺社や貴族たちに土地の私有を認めるようになりました。これが荘園です。地方の豪族たちも土地を開墾して自分の荘園を持ったり、貴族の荘園の管理者として土地を実質的に支配するようになりました。
※大化の改新の始まりは、かつては645年と学校で教えられていましたが、現在の教科書では646年と習います。
土地を守るために武士が誕生
これらの地方豪族や有力者たちが、自分の領地を外敵から守るために武装したのが武士の始まりとされています。武士は領内で収穫する農産物で一族郎党を養っていましたから、土地の防衛に命がけ(文字通り一所懸命)にならざるを得ませんでした。このように、武士と土地とは切っても切れない関係にありました。
「一所懸命」から「一生懸命」に
江戸時代になると、封建制度も成熟し、武士と土地との関係も変わってきました。武士は、ある土地の支配者という位置づけから、幕府や藩の構成員として出仕し決まったお役目を果たすというサラリーマン的な職業人に変貌していったのです。下級武士では給与として、土地ではなく、米や貨幣の現物を支給されるようになりました。
武士のあり方の変化とともに、「一所懸命」という言葉も変わりました。武士が自分の土地を守るという意味合いは薄れ、一方で言葉そのものは使われ続けた結果、江戸時代中期のころには、漢字の「一所」は「一生」に変わっていったと考えられています。
「一生」とは、自分の「生を(かけて)」というほどの意味と捉えればよいでしょう。したがって、漢字は変わっても「命がけで何かに取り組む」というその真剣さは受け継がれているのです。
「一所懸命」のまとめ
改めてご説明すると、「一所懸命」という言葉には以下の二つがあることになります。
- かつて武士が自分の領地を命がけで守ったこと
- 命をかけてといわんばかりに全力で物事に取り組むこと(「一生懸命」に同じ)
古来、日本人は「いっしょうけんめいに」努力することを、とりわけ美徳と考えてきました。「一所懸命」の文字からは、ひとつのことにかけるという集中力や、ひたむきな熱意が感じられますが、それを「一生懸命」の文字で引き継ぐという言葉遣いの感性にもまた、一途に進むことを是とする国民性が表れているとは言えないでしょうか。