「粟立つ」の意味
「粟立つ」(あわだつ)とは、寒さや恐怖などの原因で、身体の毛穴がふくれて、皮膚に粟粒(あわつぶ)ができたようになることを言います。いわゆる、「鳥肌」(とりはだ)が立つことです。
「泡立つ」とはまったく別の言葉ですので、念のため混同には注意しましょう。また、「粟」(あわ)の字は「栗」(くり)と間違えやすいため、読み間違いにも注意です。
しかし、皮膚に「粟粒」ができたようになる…と言われても、ピンと来ない方も多いかもしれません。「粟」とはいったい何でしょうか?
「粟」とは?
「粟」(あわ)とは、イネ科の多年草の一種で、有史以前から世界各地で栽培され、日本でも稲作が始まる前から主食とされていた、日本最古の穀物とされています。粒は小さく、ぶつぶつとしています。
かつては「粟」だけを炊いて食べたり、米と混ぜて炊いたりしていたのですが、現代日本ではほとんど生産されておらず、一部の儀礼的料理(正月料理など)で五穀の一種として食べられたり、ペットなどの飼料用などとして利用されている程度です。
とはいえ、古くは米(稲)よりもはるかに身近な主食であったために、皮膚に小さなぶつぶつができることを小さな粟の粒が立つ様子に喩えて「粟立つ」といった言葉が成立したのではないか、と考えられます。
「粟立つ」の使い方
「粟立つ」という慣用句を知らなくても、急に冷気を浴びたり、ぞっとするような怖さを味わったときに、皮膚の一部がザラザラ・ブツブツになる現象を体感したことがある方は多いでしょう。それが「粟立つ」です。
基本的には「皮膚(腕や顔など、部位は問わない)が粟立つ」というかたちで、「ぞわぞわ」とした恐怖感などを表現するために使いますが、「そういう感じ」を表すために、「気持ちが粟立つ」「心が粟立つ」といった使い方も(やや文語的ですが)可能です。
なお、肌の様子以外でも、「小さくてぶつぶつとした粟粒のようなものがいくつも立って見えるもの」を文字通りに表すことはできますが、そのような対象は稀でしょう。
例文
- 凄惨な犯行現場を目撃して、彼女の全身が粟立った。
- 喉元に刃を突き付けられ、頬がぞっと粟立つのを感じた。
- 恐れていた危険な兆候が、胸を粟立たせた。
- ざっと雨が降り、アスファルトの路面は白く粟立って見えた。
なぜ皮膚は「粟立つ」?
なぜ皮膚は「粟立つ」のでしょうか?恐怖や興奮などが原因で交感神経が刺激されると、立毛筋と呼ばれる毛根に付随する筋肉が収縮し、毛髪を直立させます。これは、外的な刺激に対する防御反応で、猫が毛を逆立てるのと同じ理由です。
このとき、筋肉がぎゅっと収縮することで毛のない、あるいは細い産毛しかないような毛穴が盛り上がり、ぶつぶつとした皮膚が生じるというわけです。
同様の皮膚の状態を表す言葉に、「粟肌」「肌に粟を生じる」「鳥肌」「総毛立つ」「さぶいぼ」などがあります。
「粟」に関係する言葉
濡れ手に粟
かつて非常に身近であった「粟」に関連する言葉として、「濡れ手に粟」(ぬれてにあわ)ということわざに聞き覚えがある方もいるのではないでしょうか。
これは、濡れた手で粟をつかもうとすれば、粟の粒がごっそりと手についてくることから、「骨を折らずに利益を得ることの喩え」です。「濡れ手で粟のぶったくり」ともいいます。
ただ、現代ではやはり「粟」に馴染みがない方も多いと考えられるため、「濡れ手に粟」の情景が今いち浮かばない方も多いのではないでしょうか。現代風に言えば、「現金つかみどり」のようなイメージかもしれません。